第1回おさかなシンポジウム
開催レポート
日本の魚食文化を守る
取り組み
~ブルーカーボンで日本の海を守りたい~
2024年6月22日、東京都・新木場の夢の島マリーナにて、第1回おさかなシンポジウムが開催されました。近年、魚を食べる習慣が薄れ、温暖化による環境変化や海洋酸性化など、海洋生物の環境問題も大きく取り上げられています。いま、日本の海はどんな問題を抱え、どんな取り組みが進んでいるのか、官民学連携して考えていくことを目的に、シンポジウムが開かれました。
overview
名称 | 第1回 おさかなシンポジウム |
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開催概要 |
日時:2024年6月22日(土)10時00分~12時00分
場所:夢の島マリーナ 第3会議室
(東京都江東区夢の島3丁目3番地) 参加人数:23名(司会1名、特別後援1名を含む)
主催・企画:おさかなシンポジウム実行委員会
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プログラム |
1. 司会による自己紹介及びシンポジウムの説明 2. 参加企業・学生の自己紹介 3. 講演 長谷成人先生(東京水産振興会) 4. 企業の取り組み紹介 5. 企業や学生による質疑応答 |
特別講演 |
・一般財団法人 東京水産振興会 |
登壇企業 |
・株式会社イノカ 金田 颯斗さん |
司会 |
・環境系エンターテイナー |
参加企業 |
青木あすなろ建設株式会社、アジア航測株式会社、株式会社イノカ、岡部株式会社、NPO法人ジャパンゲームフィッシュ協会、株式会社 Pirika、炎重工株式会社、ユニマットプレシャス株式会社、ダイビングインストラクター・環境活動家 |
参加大学(学生) |
早稲田大学、神奈川大学、東京海洋大学、一橋大学 |
実施レポート
report
海を守ることについて本気で考える
海洋環境について、資源の大切さやSDGsの重要性は叫ばれているものの、実際にどう取り組んでいけばいいのか、模索している人や企業は多いと思います。今回のシンポジウムでは、海に関わるさまざまな企業や環境問題に取り組む参加者が一体となって、これからの海の在り方について真剣に話し合いました。冒頭で行われた参加者同士の自己紹介では、海洋調査、建築、レジャーなど海へのアプローチこそ違うものの、それぞれの立場から海を愛し、守っていきたいという思いが伝わってきました。
司会を務めたのは、環境系エンターテイナーの「WoWキツネザル」さん。環境問題や生物多様性の保全の普及啓発活動を行っており、「大事だけれど難しい話」をワクワクするような自分事に変える発信を日々行っています。「ワオキツネザル」のインパクトある衣装も注目を集め、企業から学生まで、参加者全員を巻き込んで場を温めてくれました。
海の環境変化は生活に直結する深刻なもの
シンポジウムの前半では、東京水産振興会の理事である長谷成人先生の特別講演が行われました。長谷先生は、水産庁の長官を務めた経歴もあり、海の環境の現状を交えながら「ブルーカーボンへの期待」をテーマにお話しくださいました。
はじめに、地球温暖化と水温上昇については、予断を許さない状況であると解説。磯焼け(沿岸海域で海藻が著しく減少・消失すること)や台風の大型化による被害、また海洋の酸性化などが懸念材料として挙げられました。
「温暖化」「水温上昇」というと、遠い環境問題のように聞こえるかもしれませんが、「将来サケが食べられなくなるかもしれない」と聞けば身近な問題になります。黒潮の勢いが強くなって親潮が弱くなったことにより、サンマ、サケ等の来遊が減少し、ブリ、トラフグ、イセエビ等が北上しているといいます。漁業への影響は深刻です。また酸性化が進むと、貝類にも悪影響が出てしまいます。「温暖化対策は、今世紀最大の人類の課題です」と長谷先生。
自分たちに何ができるかを考える
脱酸素を進めるためにできる対策についても、解説していただきました。洋上風力発電などの再生可能エネルギーを推進すること、魚食に始まる水産業の活用、また技術的にCO2を海底に埋めるシステムも考えられているといいます。中でも、ブルーカーボンの活用は、すぐに取り組むことのできる対策として、期待されています。ブルーカーボンとは、海藻の集まる藻場・浅場などの海洋生態系に取り込まれた炭素のこと。海草(うみくさ)や海藻(うみも)にはCO2を貯める効果があり、炭素吸収源の新しい選択肢として注目されています。
現在は海藻などのCO2貯留効果の評価手法が確立しつつあり、「クレジット化」することでカーボンニュートラルを目指す企業等との取引が可能となってきました。環境に配慮することは「評価」される時代になり、CO2削減量をお金で買うことで、企業が藻場の保全や再生を支援する動きが出てきています。
たとえばアワビの漁師が、絶えず海に入って異変がないかを見てきたことや、藻場のために増えすぎたウニをつぶす作業など、漁業者が自分のためにやっていたことを企業が評価することで、カーボンクレジットという活動資金に変えることができるのです。漁業関係以外の人たち、特に若者層にアピールできる取り組みであり、国民全体の漁業・漁村への理解、共感を高めるだけでなく、若者の新規就業や入り込みに好影響が期待できるとされています。
長谷先生は「昨今の気候変動について、悲観的になるだけでなく、どう活用していくかを考えるときにきている」と言います。今までの環境を変えてしまうような「害のあるひとつ」を取り除けば良いわけではなく、バランスよくなんとか維持することの方が大事になってきています。複雑に問題が混ざり合っている生物多様性を身近に感じる普及活動を念頭に置き、「できるだけしわ寄せの少ない形で、海の豊かさを次世代に繋いでいってほしい」と話してくださいました。
企業がチャレンジする、海を守るための取り組み
質疑応答の後は、株式会社イノカと岡部株式会社が、自社の取り組みを紹介しました。株式会社イノカは、海の環境移送技術を開発しているベンチャー企業。岡部株式会社は、応用藻類学研究所を併設する魚礁メーカーです。各社の思いと技術力を集結した活動について、発表していただきました。
地域の人を巻き込んで、海を考えるプロジェクトを
【株式会社イノカ】
「海の森保全プロジェクト ~渚プロジェクトについて~」
発表:金田 颯斗さん
株式会社イノカは、海での研究や実験が一定の環境下で行えるよう、水槽に海の環境を再現する、環境移送技術を提供しています。サンゴの人口産卵で話題を呼んだ企業ですが、「今日はサンゴの話ではありません」と金田さん。
長谷先生にも解説していただいた通り、藻場は海の生態系で重要な役割を担っています。アワビ、サザエ、ウニ、コウイカ、タコといった沿岸の40%の生き物は、藻場で採れるものです。しかし磯焼け(海の砂漠化)が全国的に起こり、漁獲量、観光資源、地球温暖化などの多方面からの課題が深刻な状況です。
そこでイノカは現在、「渚プロジェクト」という海の森保全プロジェクトを進めています。藻場を地域の人たちで守っていこうという企画で、教育イベントを開催したり、地元の技術を使って藻場の改善を考えています。改善の過程で本当に海に害を及ぼさないアイデアなのかどうかを検証するために、イノカの環境移送技術が使われています。
プロジェクトは3か年計画で、1年目は海の現状把握、2年目は調査や子どものアイデアコンテスト、3年目はフィールドで実践し、水中ドローンなどでの経過観察も視野に入れながら、将来につなげていくプロジェクトです。
また、磯焼け対策に関しては、ネットによる食害の防止やダイバーによるウニなどの除去など、多くは起こってしまった被害への対処法がメインとなっているのが現状です。これに対し、海の根本治療法の第一弾として、温暖化による高水温に強い海草や藻など、環境耐性の強い種の品種改良を始めました。企業の慈善活動としてではなく、企業価値向上につながる藻場保全を実現するべく活動しており、日本の129箇所の藻場を海の森保全プロジェクトによって再生する仲間を募集しているそうです。
イノカは、自分たちが好きな自然を見続けるということをフィロソフィーとして掲げています。「藻場を守ることは、生き物を守ることでもあります。生き物が好きで、生き物を見たいと思っているから守っています。そのために力を貸してほしいです」と語っていただきました。
海のゆりかごを3段ベッドにして藻場を造成
【岡部株式会社】
「岡部株式会社の藻場造成事業とブルーカーボンへの取組み」
挨拶:板倉茂所長 発表:林裕一副所長
岡部株式会社は、浮魚礁製品で国内トップシェアを誇る、魚礁や藻場礁、増殖礁の販売等を行う会社です。海藻を専門に取り扱う応用藻類学研究所を併設しています。研究所は島根県隠岐郡にあり、全国的に減少傾向にある藻場が多く残る非常にきれいな場所。そこで、磯焼けや南方系魚種の増加についての対策や、CO2吸収(固定)に関わるブルーカーボン生態系の機能改善に取り組んでいます。
具体的な藻場回復のための取組みとしては、「防護かご」による食害生物の防除機能を備えた海藻(藻場)保護ブロックを供給するとともに、藻場回復を目的とした海藻種苗を育てています。特に海藻の養殖では、多段式養殖を採用。異なる種類の海藻を、立体的な3段の層にして養殖し、魚礁として利用しながら収穫量も3倍になるシステムを構築しました。
高水温に耐えるホンダワラ藻場を浅所域に生産し、魚類やウニによる食害が激しいアラメやカジメ類を深所域に増産。魚礁の機能も保ちながら、藻場造成を促進しています。持続的な炭素固定にも有効です。炭素がまた拡散しないよう、海藻を食べるのではなく建築資材に使えないかということも検討中。「厳しい状況の中、なんとか海の環境を回復できないかチャレンジを続けています」とお話を締めくくりました。
質疑応答
discussion
持続可能な策を企業・学生・行政それぞれが模索
後半のディスカッションは、さまざまな方面からの疑問や現状についての意見が飛び交い、議場は白熱。未来を担う学生からも「藻場をはじめて知って勉強になった」などの感想とともに、積極的に質問が上がり、有意義で充実した話し合いとなりました。
質問で特に多かったのが、カーボンクレジットの持続可能性について。海を守る取り組みにお金を払う企業の事例がまだ少なく、財源や仕組み化がまだしっかりしていないという懸念点が指摘されました。会社がタッグを組んで社会貢献のために意味ある活動をしているという社会での見え方の重要性も考えさせられました。
株式会社イノカの松浦さんは、余っているお金を投入するだけではサステナブルではないと言い、「1500種ある日本の海藻の中で活用されている種はごく一部。ここにマーケットがあると思われ、薬の生産やバイオマスエネルギー、地域の新しい特産品など、新商品の可能性も考えていきたい」と話しました。
青木あすなろ建設会社の杉山さんは、「当社が保有する水陸両用ブルドーザは過去に洋野町で岩盤を掘削してウニの養殖溝を施工した実績がある。その重機は現在も二酸化炭素を排出しながら動いている機械なので、社内でも洋野町のブルーカーボンクレジットを購入しようかという議論になります」と言及。現在は、コマツと共同で電動式の水中施工ロボットの実証に向け取り組んでおり、これも今度は藻場の再生や回復につながるような事業にしたいと思ってこの会議に参加されたといいます。多様な立場からの意見があり、縦断的な取り組みに発展する希望を感じさせました。
SDGsというのは簡単ですが、水がきれいになりすぎて藻場がなくなったり、磯焼けで白化した海が積丹ブルーと称して観光資源になっていることなど、さまざまな事例や課題も出てきて、改めていろいろなことを考えさせられる場となりました。
価値観の違いも理解しながら軟着陸を
最後に東京海洋大学の東海正先生より、全員への問いが投げ掛けられました。「みなさんが海を見たときに、自分はきれいな海がいいのか、豊かな海がいいのか、改めて考えていただきたいです。生き物のいない澄んだ海がいいのか、ちょっとにごっていても生き物がいて美味しい食べ物がある方がいいのか。現在、赤潮対策のために抑えてきたものを解き放つことで藻場をつくろうという動きがあり、生き物が美味しくなるようにしようという取り組みも始まっています」
炭素税についても、税金をとって国がどうにかしてくれるということでなく、企業が動けるように支援誘導するという形になってきていると言います。国に頼るのでなく、環境をどう良くしていけるのかという考えで、経済活動の中でいかに自主的に動けるかが大切になっているということでした。
長谷先生も「今の時代にあった仕組みを考えて、なんとか今世紀、残された時間でどううまく軟着陸させるかです。年寄りも頑張りますが、ぜひ若い人も頑張ってください!」と大学生たちにエールを送りました。
9月後半には、食・遊び・釣りをテーマにしたイベント「エンジョイ魚まつり2024」が開催され、その一環として第2回のおさかなシンポジウムが開催される予定です。ぜひ奮ってご参加ください。