おさかなシンポジウム
開催レポート
~日本の魚食文化を守る~
2023年10月1日、「日本の魚食文化を守る」をテーマに「おさかなシンポジウム」が東京夢の島マリーナ内マリンセンター2階の第1会議室にて開催されました。
このシンポジウムは、海の抱える問題へ目を向け、官民学連携して取り組んでゆくことを目的として、食・遊び・釣りをテーマにした「エンジョイ魚まつり2023」におけるさまざまなSDGs企画の一環として実施されました。
企業、研究者、学生、NPO法人など、海に関わる活動をしている参加者たちが講演やディスカッションを通じて交流した様子をお届けします。
overview
名称 | おさかなシンポジウム |
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議題テーマ | 「日本の魚食文化を守る」 |
開催概要 |
日時:2023年10月1日10時00分~12時00分
(9時30分開場) 場所:東京夢の島マリーナ マリンセンター2階
第1会議室 人数:約38名(参加者 28名 / 傍聴者 10名)
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プログラム | 1.司会による自己紹介及びシンポジウムの説明 2.企業・学生の紹介 3.講演 東海正 教授(東京海洋大学) 5.企業や学生による質疑応答 |
参加者 |
司会 :WoWキツネザルさん(環境系エンターテイナー)
登壇 :東京海洋大学 教授 東海正先生
登壇企業:青木あすなろ建設株式会社、岡部株式会社
参加企業:
クラシエ株式会社、くら寿司株式会社、スバル興業株式会社、NPO法人スポーツフィッシング推進委員会、墨田川造船株式会社、株式会社DLE、株式会社フーディソン(五十音順) 参加大学:神奈川大学、上智大学、明治大学
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実施レポート
report
海の豊かさを守るために
シンポジウムには、「エンジョイ魚まつり2023」の特別協賛企業である青木あすなろ建設株式会社、協賛企業のくら寿司株式会社をはじめ、岡部株式会社、株式会社DLE、クラシエ株式会社や、NPO法人スポーツフィッシング推進委員会理事、中小企業診断士の先生方、明治大学職員、上智大学と神奈川大学の学生など、総勢18名とおよそ10名の傍聴者が参加し、アットホームな雰囲気のなかで活発なディスカッションを行いました。
司会を務めるのは環境系エンターテイナーの「WoWキツネザル」さん。マダガスカルの固有種「ワオキツネザル」好きが高じ、その見た目を模した格好で環境問題や生物多様性の保全の普及啓発活動を行っているそうです。
シンポジウムの冒頭では、参加の目的や現在の活動について参加者たちが自己紹介を行いました。登壇者の東京海洋大学教授 東海正先生(以下 東海教授)は「普段みなさんは新聞やテレビといったマスコミによる断片的な情報ばかり見聞きしていると思う。今日はSDGsと海洋資源に関する全体の話をしたい」と述べました。
みんなが感じ始めている海の異変
「東海先生の講演の前に、みなさんがSDGsに関して海の領域で気になっていることについて意見を出し合ってみませんか」と司会のWoWキツネザルさんがクロストークを提案。
学生からは「海に流れ込んだプラスチックごみをウミガメやクラゲなどの海洋生物が食べているというニュースを見たことがあって気になっている」「海は世界中でつながっている。その問題が魚だけでなく人間にどう影響してくるのか、どう対処していけばいいのか」などの声が聞かれました。
企業からは「水産資源を消費する立場だが持続的な活動のために取り組んでいる」(くら寿司)として、食用としてあまり認識されておらず市場に出回りにくい『低利用魚』の話や、「土木と建築の業界はこれまで環境問題やSDGsに最も無頓着だったと思う」(青木あすなろ建設)といった声があがりました。
気候変動についても話がおよび、岡部株式会社からは「藻場(※)造成にあたり高水温耐性の海藻や種苗を研究しているが、まだまだ道半ばである」と、環境保全や藻場回復が置かれる厳しい状況についてコメントがありました。
東海教授は「大気と海の問題がつながっていることにみなさんが気づいているのは素晴らしい。気候変動の問題には地球温暖化のほかに『海洋酸性化』もかかわっている。大気中のCO₂が増えると海で吸収しきれなくなり海水が酸性化してしまい、海の生物の生育に影響が及ぶ」と述べました。
司会のWoWキツネザルさんは「人は自ら体験しないと危機感を抱きにくい。そろそろみなさんも徐々に地球環境の変化やその影響を感じ始めているはず。企業にとっても長期的に見ればもっと損をする未来が待っているかもしれない。課題のまわりには解決の余白や伸びしろが必ずある。今日はしっかり現状を知り、どう解決していくかを考える有意義な時間にしたい」と呼びかけました。
※藻場…沿岸域の海底に海藻や海草が育って魚やプランクトンの生活を支えている場所
専門家から学ぶ海洋プラスチック問題
5分の休憩を挟み、東海教授を壇上に迎えた一同。「マイクロプラスチックを含む海洋プラスチック問題を考える」をテーマに講演が始まりました。
「現在の人類の生活においてプラスチックはないと困るもの。環境のために使用量を減らしリサイクルしましょうという話で、絶対に使うなと言いたいわけではない」と断ったうえで、海に漂流したり海岸に漂着したり海底に沈んだりしているごみの多くは陸で生じたプラスチックごみであり、それらによって船舶や漁業操業に影響したり、観光地の景観を損ねたり、生き物が誤飲・誤食したりといった問題が生じていると話しました。
「マイクロプラスチック」と呼ばれる5ミリ以下のものにも言及し、もとから小さなプラスチックの粒である「一次マイクロプラスチック」と、大きなプラスチックが壊れてできた粒である「二次マイクロプラスチック」の2種類があると解説。前者は歯磨き粉や化粧品の材料として使われてきたことや、後者は紫外線によって劣化したり波や岩にぶつかって砕けたり、あるいは合成繊維の衣料や漁網からの糸くずによって発生することを説明し、「プラスチックは分解しない。粒になってもプラスチックはプラスチック。単に細かくなっていくだけ」と語りました。
これらのプラスチックごみが陸上から海洋に流入することで、海洋に漂うプラスチックゴミは2050年までに魚の量をしのぐと予測されている(Ellen MacArthur財団報告書2016)そう。世界的にもG7やG20のサミットなどにおいて先進国はずっとこの問題に取り組んできたといいます。
2015年の国連サミットで採択された「持続可能な開発目標(SDGs)」にも東海教授は触れ、「みなさんもご存知のように、14番に『海の豊かさを守ろう』がある。また、プラスチック問題に関しては 6番の『安全な水とトイレを世界中に』、7番の『エネルギーをみんなに。そしてクリーンに』、12番の『つくる責任、つかう責任』が関係してくる。そして、これらの課題を解決するには17番の『パートナーシップで目標を達成しよう』が大事になってくる」とアピールしました。
日本でも、ボランティアなどの活動で回収した海岸漂着ごみの処理費用を自治体が手続きして、国が負担する仕組みが整備されてきたそうですが、「片付けても片付けてもまた来ちゃう。だから発生源自体を叩かないとダメだということで、調査研究として発生源を追いかけています」。
東海教授が研究室を置く東京海洋大学の船舶のみならず、長崎大学、鹿児島大学、北海道大学と手を組み、現在は5隻体制で年間100近い観測点を設定し、世界からも注目される一大観測体制を整えているという東海教授。GPSから自動的に時刻と位置情報を入力できるタブレット専用アプリも開発し、このような調査補助ツールを使いながらプラスチックごみ分布や実態を研究しているそうです。
そのような取り組みからわかってきたことは、日本周辺の東アジア海域のマイクロプラスチックの浮遊密度が太平洋や世界平均より27倍も高いことや、人の生活から最も離れている南極海にもプラスチック片が浮いているなどの事実。赤道付近では少ないものの、太平洋でも海流の渦にプラスチックごみが取り込まれ、”太平洋ごみベルト”ができているそうです。
「これらのごみがいつ頃から海に流れ込み始めたのかというと、日本のプラスチックの生産推移のデータと照らし合わせると 、大西洋に浮かぶプラスチック片の量の推移と見事にパラレルになっていることがわかる。海中のプラスチック片の増減は生産量と同じような傾向がある。つまり、作った分だけ海に漏れているんです」
国が企業に対してマイクロプラスチック使用の自主的な使用抑制を求めるなどの取り組みも行われていますが、海洋では漁具や発泡スチロール、ペットボトル、プラスチック袋など、さまざまなものが見つかっており、海底にも大量に沈んでいることが予測されているそう。34年間海底に沈んでいた国内メーカーのパン袋が常磐沖で見つかったこともあると東海教授は話します。
「これらのプラスチックごみが私たち人間を含む生態系へどう影響しているかも研究されている。まず、マイクロプラスチックは人間も含めほとんどの動物群の消化管内で見つかっています。ミネラルウォーターの中からもマイクロプラスチックが見つかっていますが、2019年のWHOの報告書によれば、現状の検出レベルでは健康リスクはないとされています」
マイクロプラスチックの有害性の評価に関する実験論文は数多くあるそうですが、東海教授自身は「そんなに影響はないのではないか」と考えているといいます。「火山灰をはじめ、生物は微細な重金属の粒子や物質にさらされながら進化してきた。それらに対する生体の防御システムが備わっているはず。マイクロプラスチックを体内に摂取しても24〜48時間で排泄される。過剰に反応せず冷静に判断すべき」と語りました。
さらに、海だけでなく大気や土壌など、全環境へのプラスチック漏出が問題になっていることも示し、「海からの恵みを得ている人間として、これ以上海を汚さないために、プラスチックを使ってもいいけど海に流れ込まないようにしたい。 マイクロ化すると回収は大変。マクロのうちに処理すべき」と、プラスチックの使用自体を減らし、繰り返し使い、使い終わったらリサイクルするといった「適切な管理」をすることが大事だと説明。
また、広い海に大型船を1隻出してゴミを1トン回収したところでカーボンニュートラルやエネルギー消費の側面からは見合うものではないため、海岸に漂着したものを地道にコツコツ回収することが非常に大事だと東海教授は言います。洗濯機の糸くずフィルターの有効性にも触れ、糸くずの中には衣類から出たプラスチック繊維が含まれるため、排水溝へ流さずにごみとして処理してほしいと訴えました。
「船外機用マイクロプラスチック回収装置も開発されているので、水産系の企業はそういったところでプラスチックが海に流れ出すことを防いだり、あるいは海から回収したりする取り組みを行っていくと良いと思う。また、漁業者がボランティアで持ち帰った海ごみの処理費用を行政が負担する仕組みが整備されているので、この活動も広めていきたい。海ごみのリサイクル技術の開発も求められている。私達のプロジェクトでは海底ごみと生物の関係についても研究していきます」と、およそ40分の講演をしめくくりました。
「完全解決」ではなく「緩和」を目指す
参加者からは「プラスチックごみを減らすために東海先生が個人で取り組んでいることは何か」「企業は実際にどのくらい変わってきているのか」「事業でプラスチックを使用するものの、大気の面でカーボンニュートラルに貢献しようと考える企業へアドバイスできることはあるか」「海ごみの観測体制への国による資金面のケアは活発なのか」などの質問が寄せられました。
東海教授はそれぞれの質問に回答し、「日本人は『できるか、できないか』のゼロヒャクで考えがちだが、アメリカでは『mitigation』、すなわち『緩和』の考え方がある。まずい状況を緩和するために努力すること、そしてそれを公にアピールすることも大事だと思う。企業も含め、我々一人ひとりが自然に対してエクスキューズすることが必要ではないか」と語りかけました。
企業が行う海のための取り組み
質疑応答の後は、岡部株式会社と青木あすなろ建設株式会社が自社の取り組みを紹介しました。
建設資材メーカーの岡部株式会社からは、海洋事業部、魚礁営業部の市丸哲平氏が登壇。水産業を取り巻く課題と求められる対策について説明し、同社が貢献していることとして、漁場・増殖場・藻場の造成を挙げ、同社の製品である人工魚礁(※)や浮魚礁について映像を交えて紹介しました。魚卵を保護しCO₂を吸収する藻場礁や、魚を育成する増殖礁、育った魚を集めて漁獲する魚礁・浮魚礁を造成・提供する同社は、海のサステナブルサイクルの創出に貢献しているといいます。
東海教授は「魚礁で効率的な漁業が行えると漁船の燃料消費を抑えることができるうえ、高齢化している漁業者の助けにもなる」と指摘し、「国際的に魚礁の設置は盛んだが、実は日本では研究を含めてあまり盛んではなくなってきている。ぜひこのような技術を地道に維持していただきたい」とエールを送りました。司会のWoWキツネザルさんからは「魚が集まっている場としてレジャーや観光事業としての需要もありそう」とコメントがありました。
環境への取り組みとして再生可能エネルギーの施設設計・建設や、省エネ規格に適合した建築物の設計・施工を行っている青木あすなろ建設株式会社からは、馬欠場(うまかけば)真樹氏が登壇。同社は世界で5台しか現存しない水陸両用ブルドーザーを保有しており、50年前の導入以来、日本全国の河川やダム、漁港、漁場を造成してきたそうです。
なかでも、ウニやアワビの種苗や稚貝を放流して育成する大規模増殖場(岩手県洋野町)ではCO₂の吸収・隔離・貯留の効果が注目され、洋野町でブルーカーボンのクレジット認証を受けるに至ったといいます。また、技能者の不足や施設の老朽化によってここ10年で数が半減しているアワビの種苗生産施設を、産学官で共同研究した技術で改修・運営する取り組みを島根県松江市で行うなど、海の豊かさを守るべく取り組んでいるそうです。
東海教授は「CO₂削減に取り組む際は藻場の造成が非常に大事になってくる。海藻類が繁茂する状況を生み出すことも含めてトータルに取り組んでいるのがすばらしい。漁船や漁業活動のカーボン・オフセットに悩む漁業者にとって藻場造成の技術は希望になりそう」とたたえました。
※魚礁…海底の岩場などにできる、海の生き物の餌場や居場所
みんなで環境について考える
ここで「おさかなシンポジウムがそろそろ終わりの時間に近づいてきました 」と、司会のWoWキツネザルさん。感想を求められた参加学生は「自分たちが卒業した後も続けられるような取り組みをサークルや大学全体でできないか」「くら寿司さんが行っているフードロスに関する取り組みを聞きたい」と述べました。
東海教授は、キャンパス内でのペットボトル飲料の販売を一切なくしたという東京農工大学や、複数の大学の環境サークルに声をかけてペットボトルのフタのリサイクルに取り組むアサヒ飲料株式会社の例を紹介しながら、「環境にどれくらい貢献しているかが大学ランキングの評価にも影響してくる。それをふまえて大学関係者を巻き込むと動いてくれやすいかも」とアドバイス。
くら寿司は「ITを活用した注文方法を導入して無駄に調理をすることがなくなり、フードロスは大きく削減できた」と前置きし、中骨に残った中落部分を活用してコロッケにしたり、骨やアラを魚粉にしてくら寿司で販売する養殖魚のエサの一部として活用したりといった自社のユニークな取り組みを紹介しました。
地球を守るために今すぐできること
最後に、司会のWoWキツネザルさんから「今すぐにできる地球を守る方法は『 勉強すること』。間違った正義感に走るのではなく、きちんと勉強し、知識を更新し、それを仲間たちと共有し続けることが大事。今日のシンポジウムは環境を守りたいという思いを持った仲間たちの集まりだったと思う。これから次へ、その次へと続いていくのに伴い、もっともっと多くの仲間を増やしていけたら」との言葉があり、シンポジウムが締めくくられました。